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広島高等裁判所 昭和24年(う)287号 判決

被告人

久後トシ子

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人今西貞夫の控訴趣意第一点について、

(イ)  論旨に指摘の通り、原審の公判で裁判官から被告人に対し弁護人の有無を尋ねたところ被告人が未だ弁護人を選任していない旨答えたので裁判官が刑事訴訟法第三十七條第五号の規定に基き在廷の弁護士米田規馬を被告人の弁護人に選任して、被告人に対する審理をしたことは原審公判調書の記載によつて明らかである。之について論旨は本件被告人の場合が果して刑事訴訟法の右條項に定められた場合に該当するものであるかどうか判らないのに原審裁判官がその点を調べもしないで(或は單に被告人が女子であるということのために)直ちに右條項を適用して國選弁護人を選任したのは違法であると主張して居るのである。然しながら本件被告人の場合は「同法第三十七條を適用するについて同條第五号の事由があるかどうか」ということよりも、そもそも本件のような場合には同法第三十七條を適用すること自体が間違つて居るのであつて、この場合には同法第二百八十九條を適用すべきものなのである即ち本件は食糧管理法第九條第三十一條にあたるものとして起訴せられた事件であり、刑事訴訟法第二百八十九條第一項にいう「長期三年を超える懲役にあたる事件」であるから之を審理する場合には「弁護人が無ければ開廷することが出來ない」のであるのに弁護人が無いのであるから裁判長は同條第二項に從つて「職権で弁護人を附しなければならない」ことになるのである。之に反して長期三年以下の懲役若しくは禁錮にあたる罪や罰金のみにあたる罪の事件にあつては必ずしも弁護人が必要ではないのであるけれども被告人が老年であること等の理由で充分に防禦権を行使し得ないような事情のあるときで私選弁護人のない場合には、矢張り裁判所は職権で弁護人を附することが出來るのであつて之が同法第三十七條の場合なのである。從つて本件被告人の場合には同條を適用する余地はないのであつて同條を適用したこと自体既に間違つて居るのであるから論旨に主張のように同條第五号所定の事情があるかどうかということは実は問題ではなく、右事情があるかどうかを確める必要さえない場合なのである。そこでこの点の論旨は採用の余地がないのであるが、それでは右の通り同法第二百八十九條を適用すべきであるのに同法第三十七條を適用したことに対しては、どのように考へるべきであるかというに右適用を誤つたことは勿論違法であるけれども、それは國選弁護人選任の根拠をどの條文に求めるかについて法律の解釈を誤つたに過ぎないのであつて客観的事実としては、結局國選弁護人を附すべき場合に之を附しているのであるからその違法は判決に影響を及ぼすものではなく、從つて原判決を破棄する理由とはならない。

(ロ)  次に論旨は原裁判所が前述のように單に被告人が未だ弁護人を選任していないと述べたのを聞いた丈けで、一歩進んで被告人に対して果して今からでも私選弁護人を選任するのかどうかということを確めないで直ちに而も在廷の弁護士を國選弁護人に選任して審理結審したことは被告人の防禦権を侵害する違法の手続であると主張して居るので、この点について考へて見るのに記録によれば被告人に対しては原審裁判所の裁判官小林長藏から昭和二十四年六月十三日附で「弁護人選任に関する通知」を出して、弁護人を選任するかどうかを回答するように紹介をし、しかもこの通知には「本件は弁護人がなければ開廷することが出來ない」ということも書いてあり、この通知は同日被告人に到達し之に対して被告人から同月十五日附回答があつて至急家族に賴んで私選弁護人を選任してもらう旨答えて居るのである。そして本件公判は右通知の到達後十日後の同月二十三日に開かれてゐるのである。從つて被告人としてはその間に右回答の通り私選弁護人を選任すべきであるにも拘らず前述の通り右公判期日になつても未だ選任してゐないので原審裁判官は國選弁護人を附したのである。勿論被告人が弁護人を自分の方で附すると云つて置き乍ら右公判の日にもまだ之を選任していないのには色々な理由が考へられるのであつて(一)或は私選弁護人を選任しやうと思つたけれども考へが変つて選任しないことになつたのかも知れぬし(二)或は選任しようと思つたが費用が出來ないということもあらうし、(三)或は家族との連絡に日時を要し、もう少し、日時があれば選任の手筈が出來るのにという場合もあり得るのであつて右(一)(二)のような場合には本件のように直ちに國選弁護人を附してよいのであるが右(三)のような場合には公判を今少し延期して右選任が出來るのを待つのが妥当であることはいふまでもないことである。從つて被告人が私選弁護人を附すると云つて置き乍ら附していないのはどういうわけかということを確めた上で國選弁護人を附するかどうかを決めるのがより親切妥当な方法であることは勿論であるけれどもそれをしないで直ちに國選弁護人を附したからとて之を以て違法な手続であるということは出來ない。又在廷していた弁護士を國選弁護人に選任したことも成程万全の措置とは云ひ難い成るべく國選弁護人に充分の準備をする余裕を與へるようにしなければならない。然し乍ら新刑事訴訟法による手続では旧刑事訴訟による事件と違つて弁護人は公判前に訴訟記録を読んでから公判に臨まねば十分な弁護が出來ないというようなことはないのであつて只予め事件について被告人から色々のことを聽く機会がないということは場合によつて充分な防禦権行使の妨げとなることがあり得るけれども本件のように簡單な事件にあつてはその弊害もないと云はねばならないので、在廷の弁護士を國選弁護人に選任したことも本件のような事件にあつては未だ以て違法な手続とまでは云ふことが出來ない。

この点の論旨も採用することが出來ない。

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